アラン・グラフイユ氏インタヴュー

アラン・グラフイユ氏は約800年続くリモージュ七宝焼の伝統技法を受け継ぐ工芸家として国家認定の称号”Maitre Emailleur”を持ち、日々制作に打ち込むだけではなく、世界中から技法を学びに来る人々への指導にも当たっておられます。当店では氏のオリジナル・キャラクターのインテリア作品をご紹介していますが、リモージュ七宝焼のメインは銅板のベースをカンバスにヘラや筆で絵を描いてゆく「七宝絵画」です。氏の工房兼ギャラリーには額に納められた精巧な絵画作品が並び、常に新作が発表されています。
アラン・グラフイユ氏(以下、A.G): 私は「火の芸術」を誇る街、ここリモージュの生まれです。父は磁器工芸家で工場を設立して仕事をしていました。私はほんの小さな子供の頃から絵を描くことが大好きでしたので、ゆくゆくは絵画の教師になろうかと考えはじめていたところ、実際に教師をしていた父の知り合いから、この道はあまりお薦め出来ないとアドヴァイスを受けたのです。それで進むべき道を探していたところ、エマイユ(七宝焼)にたずさわる人たちに出会いました。こうして15歳の時、私は七宝工芸家への道を選んだのです。
- 七宝工芸はどのようにして学び始めたのですか。
A.G: まず、その15歳のときにリモージュの美術学校に入学しました。そして卒業後は数年間、七宝工芸家の工房で働きました。しかしやがて兵役の歳になってパリに出て消防士の活動に従事することになり、次にリモージュに戻ってきたのは兵役が終わった20歳のときでした。さて、これからどう生きていこうかと数ヶ月間考えあぐねた末、自分の工房を設立する決心をしたのです。資金は両親が援助してくれました。
- 二十歳で独立工房とは勇気のいる決心ですね。
A.G: 場所はリモージュの近郊でしたが、開業当初から好調な出足で制作注文は増える一方でした。一年もたたないうちに助手を雇い入れ、また宝飾専門のディーラーの協力で顧客はフランス全土に広がりました。そして二年後には自然環境に恵まれた別の場所に、より大きな工房を造りました。顧客も順調に増えて工房「グラフイユ」の名はフランスだけでなく、お隣のルクセンブルグ、ベルギー、ドイツ、イタリアを経て広くヨーロッパに知られるようになったのです。
- 作品のインスピレーションはどんなところからくるのでしょう?
A.G: 社会全体でしょうか。常にさまざまな分野の出来事に目を配り、注意深く観察するようにしています。そんな中から、例えば宗教的なテーマや花の流行などが掴めてくるのです。
- 今日、リモージュの七宝工芸家はどのくらいいらっしゃるのでしょうか。
A.G: どのような見方かによって変わってきます。もし「モダン」あるいは「コンテンポラリー」と呼ばれる前衛的な作家も含めると、このリモージュ近郊には30人以上の工芸家がいるでしょう。しかし個人的には、それらの作家がつくる抽象的な作品をリモージュ・エマイユ(七宝焼)とは認めたくありません。いわゆる「クラシック」とよばれる伝統的なエマイユには高度なデッサン力も要求されるのです。そのような伝統に則った制作をしている工芸家は8人くらいしかいないのではないでしょうか。焼成の技術にしても伝統的なリモージュ・エマイユは800度以上の熱で10〜15回もの焼成をかさねて、慎重に発色の鮮明さや輝きを得るのです。本来は12回以上焼成をしなければいけないところを半分の6回ほどでごまかしてしまったようなものには鮮明さが欠けています。しかし、巷にはそのような作品も出回ってしまっているようです。これは非常に残念なことです。
- 現在のこの場所の工房はいつ頃からあるのですか。
A. G: 1990年からですね。制作見学に開放できて販売ギャラリーも兼ねた工房をリモージュの中心部に探していたのです。
- 確かにグラフイユさんの工房は観光客の為のガイド付き見学コースにも指定されていますね。
A.G: ここでは研修もやっているのですよ。いままでもフランスだけではなくベルギーや、そして日本からもリモージュ七宝を学びにこられる方がいらっしゃいました。初心者の方でも参加できますが、出来れば八日間ほどの時間をつくって来られることをお薦めします。八日間でおよそひととおりの基礎が学べるからです。
- 今日はどうもありがとうございました。
制作風景
インタヴューを終えて :
伝統技法に徹したグラフイユ氏ですが、絵画の作風は多岐に及んでいます。近年では世界で初めて七宝絵画によるマジカルアイ(3Dグラフィックス)作品を完成させています。さまざまな分野からインスピレーションを得るという氏の好奇心は次にどんな作品を見せてくれるでしょうか。
インタヴュー 2006年夏























