ベネディクタン駅

ベネディクタン駅 01

 リモージュの玄関とも言えるのがフランス国鉄(SNCF)のリモージュ・ベネディクタン駅(Gare des Benedictins)。

 列車を降りホームの階段をのぼった旅人は、まず美しいステンドグラスと高く巨大なドーム型の天井に圧倒され、そこに施された見事な装飾に息をのみます。次に駅舎を出て振り返った時に目に飛び込んでくる勇壮で華麗な建築物の姿に、ここが「フランスで最も美しい駅舎」と言われた理由を納得するのです。  

 五年越しの建設期間を経て1929年に完成。設計にあたったのは、当時30代前半の若さだった建築家ロジャー・ゴンティエ(Roger Gonthier)。彼は最新の技術だった鉄筋コンクリートを用いてドームの高さ31メートル、時計塔の高さ61メートルの巨大で優美な建築を実現しました。注目すべきはメインとも言うべきドーム部分の建物全体が線路とホームをまたぐ形で、4本の巨大な主柱と63本の支柱に支えられて建っていること。元々この場所が水分を多く含んだ軟質の地盤だったというのですから、いかに高い技術と労力を要したかが伺われます。

 

ベネディクタン駅 04 ベネディクタン駅 05 ベネディクタン駅 06

 建物の内外を飾る装飾はアンリ・フレデリック・ヴァレンヌ(Henri-Frederic Varenne)によるもの。正面玄関両脇の2体の「磁器制作をする女性像」、ドーム内側4隅を飾る女神像をはじめ、目を見張る彫刻が建物のいたるところにあり、眺めていると時間の経つのを忘れてしまいそうです。

ベネディクタン駅 03 ベネディクタン駅 08

 フランシス・シゴー(Francis Chigot)によるアザミの葉をモティーフにしたステンドグラスも必見です。

 

 ところでこの巨大で立派な駅舎とは裏腹に、駅前は大きなロータリーがあるわけでも無く、タクシーが数台並ぶだけの実に長閑(のどか)な雰囲気。すぐ斜め前には噴水をともなった公園「シャン・ド・ジュイエ」(Champ de Juillet)が広々と広がり、車の渋滞とは全く無縁。田舎と言ってしまえばそれまでですが(!)、これもまたこの駅の大きな魅力なのです。

ベネディクタン駅

ドーム部分の建物は多くの支柱に支えられて、線路とホームの上にまるで浮くように建てられている。

サンテチェンヌ大聖堂

リモージュ大聖堂05

 リモージュのシンボルの一つがこのサンテチェンヌ大聖堂(Cathedrale St.Etienne)。フランスの大聖堂(カテドラル)と言えばパリ(Paris)のノートルダムをはじめ、ランス(Reims)、アミヤン(Amiens)などが有名ですが、ここリモージュの大聖堂は少々変わったスタイルをしています。ノートルダムなどは鐘楼(塔)が二つ対となって並んでいますが、リモージュは一つ。そのスタイルはこの地方独特のもので全体に地味な印象です。建物全体はゴシック様式にまとめられていますが、実は13世紀から19世紀までの長きに渡って建設が繰り返されて今日の姿に至っています。

  この地にローマ帝国の街が造られた時代、現在大聖堂のある場所は街の中心とは隣り合う丘の上にあたり、寺院が建設されていたと言われています。元々から宗教的な場所だったようです。ローマの街が崩壊した後、11世紀初頭に教会堂が建てられ、同世紀の終わりにローマ法王公認の聖堂となります。しかし当時の建物の規模は現在のものよりひとまわり小さく、現在の大聖堂の鐘楼下層部と中央祭壇の地下に当時の遺構が残っています(非公開)。

 現在の建物の基礎となる建設は13世紀の後半、中央祭壇と奥(後陣)の部分から始められます。14世紀後半からは鐘楼部分の建設を再開。戦争などの理由によって幾度も工事が中断されながらも19世紀後半に至るまでに少しずつ規模を拡大してきました。鐘楼部分は長い間、本体とは独立した建物として存在していたことが残された絵画によってもわかります。現在のように一つのまとまった聖堂となったのは19世紀後半に始まった最終工事によってでした。 その結果、当初はロマン様式でスタートした工事は六百年を経てゴシック・スタイルにまとめられました。

リモージュ大聖堂01 リモージュ大聖堂06

右は19世紀中頃の大聖堂を描いたもの。その後の最終工事で大きく様変わりしたことがわかる。

(出展「La Cathedrale de Limoges」 Michel PENICAUT著 )

大聖堂・最近の一喜一憂

一喜 : 2004年から大聖堂前の広場で発掘調査が行なわれ、大変大きな成果が得られました。前述のように現在の大聖堂の建設が始められる前の、12世紀以前の教会堂遺構が姿を現しました。ここにはフランスでも稀な大規模な洗礼用浴槽が設けられ、形も大変珍しい六角形であることが判明。壁面も大理石や緑色斑岩(はんがん)で飾られ、財力豊かな環境にあったこともわかりました。この発掘現場は再び埋め戻され、大聖堂広場は現在、保存を兼ねた再整備工事が行なわれています。

リモージュ大聖堂03 リモージュ大聖堂04

2005年の発掘の様子。写真右は同じく大聖堂の隣、市立司教区美術館前で行われている発掘。石造りの見事なアーチが見える。

一憂 : 2004年秋、外壁修理のため大聖堂の後陣部分に足場が組まれていましたが、深夜酒に酔った若者達が侵入し大聖堂の誇りでもあった大ステンドグラス数枚が無惨に壊されてしまいました。制作から400年の歴史を生き抜いてきた財産が若者の愚かな行為によって一瞬にして帰らぬものとなってしまったのです。翌日の地元ニュースでこれを知った時は私も大変なショックを受け、強い憤りとやるせなさを感じました。現在、壊された部分には味気ないガラスがはめ込まれ、外から眺めても一部迫力の無い様相になってしまいました。本ページトップの写真はこの悲劇以前に撮影したものです(と言っても細かな部分なので一目では現在と変わりませんが)。聖堂内には修復費のための献金箱が設けられています。

リモージュ大聖堂02

月夜にライトアップで浮かび上がる大聖堂。ゴシック典型の火炎形窓枠「フランボワイヤン様式」が見事。

美術館・博物館

アドリアン・デュブーシェ国立陶磁博物館(Musee national Adrien-Dubouche)

アドリアン・デュブーシェ博物館

 磁器の聖地リモージュを語るとき、避けて通ることの出来ない重要な場所。リモージュのみならず世界の陶磁器の歴史を背負っているのが、このアドリアン・デュブーシェ国立陶磁博物館です。およそ一万一千点を越える陶磁器、およびガラス工芸品のコレクションが納められています。

 19世紀半ばに創設された考古学・歴史学の県立博物館が前身。1865年に実業家アドリアン・デュブーシェが館長に就任し、その後の博物館の発展を運命付けます。もともと趣味だった陶芸の熱が高じて、のちには「世界で最も陶芸に精通した人物」と言われるまでになるデュブーシェは、博物館の為に私財を投じて陶芸コレクションを集め、また館内に美術学校を創設しリモージュの製陶業を芸術的な産業へと導いていきます。彼の業績を称え、市は博物館に彼の名前を冠することを提案し、今日の館名となります。

 現在の建物は、膨大に膨れ上がったコレクションを整理する為にピエール・アンリ・マイユ(Pierre-Henri Mayeux)の設計によって1900年に完成したもので、外壁にはリモージュ製の磁器が飾付けられている他、内部の装飾も当時のフランス有数の工房らによって手掛けられました。

市立司教区美術館(Musee municipal de l’Eveche)

市立司教区美術館

 かつてアドリアン・デュブーシェ国立陶磁博物館に収められていた七宝焼のコレクションを受け継いで展示している他、この地にローマ都市があったことを物語る出土品など、リモージュの歴史を追う展示物が並んでいます。

 サンテチェンヌ大聖堂の横に位置するこの美術館はかつてのカトリック司教館を転用したもので、リモージュにあって18世紀の建築を今に伝える貴重な建築物です。